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大阪地方裁判所 昭和54年(ワ)1935号 判決

原告 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 木村達也

被告 株式会社トラスト

右代表者代表取締役 永川勇

右訴訟代理人弁護士 小西清茂

西岡寛

主文

一  被告は原告に対し金二〇万円およびこれに対する昭和五四年四月一〇日から右支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告と被告間の昭和五二年四月一五日付の消費貸借契約に基づく原告の被告に対する債務は、元本残金七八九円とこれに対する昭和五三年一二月一日以降の年四割の割合による遅延損害金を超える範囲において存在しないことを確認する。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告、その余を被告の負担とする。

五  この判決は、前記一項に限り、仮に執行することができる。

事実

(双方の申立)

原告は、「一、被告は原告に対し金三五万円およびこれに対する訴状送達日から右支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。二、原告の被告に対する別紙目録記載の金銭消費貸借契約に基づく債務が存在しないことを確認する。三、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決および前記一項につき仮執行の宣言を求めた。

被告は、「原告の各請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

(原告の主張)

一  原告は、別紙目録記載の金銭消費貸借契約(以下本件契約という。)に基づいて、被告から金五万円を借入れた。

二  原告は被告に対し、別紙計算書(1)の「弁済日」、「弁済金」欄記載のとおり、本件契約に基づく債務を弁済した。

三  本件契約上の利率および遅延損害金の率は利息制限法の制限を超えているから、右超過部分を元本の弁済に充当して計算し直すと、別紙計算書(1)のとおり、本件契約に基づく債務は全部弁済ずみになる。

四  ところで、原告はサラ金業者二十数軒から厳しい取立てを受けて自己の家庭生活が破綻する事態になったので、その救済を弁護士木村達也に委任した。そこで、同弁護士は、原告の代理人として、昭和五三年一一月三〇日付書面をもって、被告に対し、原告の窮状と本件契約に基づく債務関係などを詳しく説明したうえ、右債務は弁済が完了しているので、原告の家族や親族に対し今後一切請求しないように要請した。

ところが、被告は、公認された弁護士の正当なる業務を無視して右書面の受領を拒否したのみならず、その後も原告およびその親族に対し、強迫的な調子の催告文言を赤マジックで大書した葉書を発送したり、また電話で、執ように取立てを繰り返し、原告をして不安と恐怖心を起こさせて無理矢理に不要の金銭を支払わせようとしているが、右の行為は社会通念上許容される範囲を逸脱した不法な取立て行為である。そのため、原告は大阪の地を離れて新宮市に転居し、被告らサラ金業者と縁を切って再起の道を歩んでいるのにかかわらず、それから逃れることができず、家族を含めノイローゼになっており、その慰藉料は金三五万円が相当である。

五  よって、原告は、被告に対し本件慰藉料金三五万円およびこれに対する訴状送達日から右支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに、被告との間で本件契約に基づく債務の不存在の確認を求める。

(被告の主張)

一  原告主張の一項記載の事実中、貸付日は昭和五二年四月一五日であったこと、弁済方法は昭和五四年四月一四日までの自由弁済とする、利息は日歩金二八銭とし、三〇日ごとに支払う、遅延損害金は日歩金三〇銭とする約定であったことを除いて、その余の事実を認める。

二  同二、三項記載の事実中、原告の被告に対する弁済は別紙計算書(2)のとおりであって、元本残金一、六一七円およびこれに対する昭和五三年一二月一日以降の年四割の割合による遅延損害金の債務が残存している。

三  同四項記載の事実は否認する。

被告は弁護士による事件処理の申出には直ちに応じている。原告主張の書面が郵送されたときは、応対に出た社員が入社直後で仕事に不慣れであったため、弁護士からの書面に驚いて一存で受領を拒否したものであって、全く偶発的な出来事である。

また被告の原告に対する催告は、書面によるものであり、かつ、原告の債務不履行が続いたため多少強い調子で催告することになったのも当然の成行きであって、社会的に許容される範囲である。

(証拠関係)《省略》

理由

一  先ず債務不存在確認請求につき考察することとする。

《証拠省略》によると、原告は昭和五二年四月一五日に被告から金五万円を、二年間内に弁済する、利息は日歩金二八銭とし大体一か月ごとの指定日に支払う、但し利息の支払を指定日に遅滞したときは前回の利息支払日にさかのぼって日歩金三〇銭の割合による利息を支払うとともに、当然に期限の利益を失って元本に日歩金三〇銭の割合による遅延損害金を付加して支払う約定で借受けたこと、および原告が被告に対し、別紙計算書(2)の番号1ないし3の「弁済日」欄記載の日に「弁済金」欄記載の弁済金を支払ったが、昭和五二年八月一七日の指定日に支払うべき利息の支払を怠ったため、同年七月一八日にさかのぼって日歩金三〇銭の割合による約定利息を支払うべきことになるとともに、元本につき当然に期限の利益を失い、同様の割合による遅延損害金を支払わなければならなくなり、右計算書の番号4ないし11の「弁済日」欄記載の日に「弁済金」欄記載の弁済金を支払ったことが認められる。

ところで、本件契約における約定利息の日歩金二八銭ないし金三〇銭、および遅延損害金の日歩金三〇銭はいずれも利息制限法所定の制限を超過しているから、弁済金のうち超過利息ないし、遅延損害金を元本の弁済に充当して計算し直すと、別紙計算書(3)記載のとおりとなり、昭和五三年一一月三〇日時点において元本残金七八九円とこれに対する同年一二月一日以降の年四割の割合による遅延損害金の各債務が残っていることになる。

二  次に、慰藉料請求につき考察することとする。

《証拠省略》を総合すると、以下の事実が認められる。

1  原告は寝屋川市《番地省略》に居住していたが、サラ金業者二十数軒から約一二〇万円の借入をして弁済不能となって、職場を追われ、住居を転々とし、家庭生活が破綻するに至ったが、再起をはかるため、昭和五二年九月三日和歌山県新宮市内の原告の両親の近所の社宅に移転し、次いで肩書住所地の雇傭促進住宅へ転居した。

2  ところで、本件契約を取扱った被告桜橋支店の店長などは、原告の両親宅へ度々電話をかけて、原告の所在を尋ねるとともに本件契約に基づく債務の支払をするようにとの伝言を依頼したが、その応対の大体をしてきた原告の母親に対し、「金を返せ。泥棒。盗人。」とか、「子供が払えないなら親が返せ。」などとの脅迫的言辞をはいたり、また、原告の社宅や原告の両親方へ、赤マジックで催告文言が大書された督促状(葉書)をしばしば郵送したため、原告がサラ金業者から取立てを受けていることを勤務先の会社の社長などに知られ、原告は社長よりその事情を聞かれ、叱責されたわけではないが、信用を傷つけられた思いで肩身が狭く、かつ身内の者を巻添えにした被告の取立て行為のため精神的にはなはだしく悩まされた。

3  そこで、原告は昭和五三年一一月ころ、その救済を、当時サラ金被害の救済運動の中心的活動をしていた弁護士木村達也に委任した。同弁護士は、本件契約に基づく債務に関する従前の弁済金につき、利息制限法所定の制限を超過する分を元本の弁済に充当して計算し直した結果、同年同月末日時点で元本と遅延損害金の合計残が金一万六、三六九円と算出されたので、同年同月二九日株式会社第一勧業銀行大阪支店より株式会社三和銀行堂島支店の被告名義の普通預金口座に右金員を振込んで送金すると同時に、同日付の配達証明付郵便をもって、被告桜橋支店あてに、法律的に正しい計算関係とその説明、および右銀行振込送金により本件契約に基づく債務一切が弁済ずみであること(この点は前記認定のとおりの金額の債務がなお残っていたものである。)、そのことに関して質問なり、また連絡すべき事項があれば、すべて同弁護士あてにして、直接原告本人にしないよう要請し、右郵便は翌三〇日被告桜橋支店に配達されたが、同支店勤務の従業員高己鶴がその受領を拒否したため、右郵便は同弁護士に返送された。

当時、原告やその両親からも、同弁護士に委任してあるので同弁護士と交渉してほしい旨を被告に告げていたのにかかわらずそれを被告は無視した。

4  被告は、その後も相変らず、原告の社宅や雇傭促進住宅やその父親方にあてて督促状(葉書)を発送して、原告に対し、利息制限法所定の制限を超過する分を元本の弁済に充当しないで計算した元本残金など(例えば昭和五四年四月四日付督促状では金八万五、三五一円)を支払うよう催促したが、それには督促文言が赤マジックで大書され(これは被告の通常の執務状態からしても異常なものであった。)、あるときは同時に原告方あてに二通と原告の父親方あてに二通を発送したり、またあるときは、借主が返済を怠ると親族に対して迷惑をかけることがある。債務不履行に逃走罪と刑事罪が適用される場合があるなどと印刷された督促状に、「にげられないよ! 早く入金したまえ、¥八三、七六七―」と赤マジックで大書した激しいものもあった。

なお、その間に、被告従業員は度々原告の両親宅へ、原告に支払うように伝言してほしい旨の電話をした。

そのため、原告は、年老いた両親、特に病身の母親が被告の執ような取立て行為に困ぱいしていることが気掛りとなり、ついに弁護士木村達也に委任して、昭和五四年四月三日受理の訴状をもって、被告を相手方として本件訴訟を提起しなければならなくなった。

以上の認定事実によってみるに、債権取立て行為が社会通念上許容される範囲を逸脱するときは不法行為を構成し、それによって相手方が被った損害を賠償すべき義務が発生する場合のあることは多言を要しないところである。本件の場合、1 被告はサラ金業者であって、利息制限法所定の制限を超過する利息および遅延損害金を支払う旨の約定は無効であって、右超過支払分は当然に元本の弁済に充当すべきであり、それによらない請求は裁判をしても許容されないことを十分承知していたものと推認されるところ、被告は客観的に存在する債務額を大幅に逸脱した違法な債務金額の支払を督促したものであって、その主観的意図は不当であり、権利行使の名に値しないものである。2 本件督促状は、被告の通常の執務状態からしても異常な、赤マジックで督促文言を大書したものであって、そのなかには威圧的な調子のものがあり、かつ葉書であったため原告としては常に人目を恐れなければならなくなり、現に社長などにサラ金業者から取立てを受けていることを知られて大いに面目を失ったなどの事態を招来し、ついには弁護士木村達也に委任して本訴を提起しなければならないことになり、それに伴う精神的負担を荷わせられるに至ったものであって、督促の手段、方法にも不当なものがあった。3 原告の委任した弁護士木村達也の正当な業務行為が理由なく無視された。弁護士は基本的人権を擁護し、社会的正義を実現することを使命とする(弁護士法一条一項)ものであって、弁護士木村達也は、原告の委任に基づいて、法律的救済活動を開始し、先ず正しい残債務額を算定したうえ、当該金員を銀行振込送金するとともに、郵便をもって、被告に対し、本件債務の完了を告げ、かつ原告との直接交渉をしないよう要請したのにかかわらず、被告桜橋支店の従業員高己鶴はその受領を拒否したものであって、原告としては、弁護士に委任したことによって受けられる精神的、物質的な諸利益を無視され、直接かつ執ような取立て行為を受けたものである。もっとも、《証拠省略》によると、昭和五三年九月一三日ころ以降、被告は弁護士を通じてのサラ金問題の解決交渉に応じていることが認められるから、弁護士木村達也の本件郵便が受領拒否されたことが被告の一般的な営業方針によるものとまではいえないけれども、従業員高己鶴の一存によるものとはたやすく認められない。仮にそうであったとしても同人に対する被告代表者らの指導、監督が不適切であったことを免れることはできない。

以上の諸事情を総合すると、被告が営業行為として従業員を通じてなした本件取立て行為は、社会通念上許容される範囲を逸脱しており、不法行為を構成するものと解すべきである。

ところで、サラ金業者が債務者に直接面接して督促する態様のものに対比すれば、本件の場合、主として葉書によるものであったから、原告としてもそれだけ精神的苦痛が軽かったのは不幸中の幸であり、かつ原告の無計画、安易な生活態度がサラ金業者との紛争を招いたものであって、原告にも責任の一端があるものと考えられ、それらの点をも勘案の上、原告が本件不法行為によって被った精神的苦痛に対する慰藉料は金二〇万円が相当である。

三  以上のとおりであるから、被告は原告に対し本件慰藉料金二〇万円およびこれに対する訴状の送達日であることが記録上明らかである昭和五四年四月一〇日から右支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるとともに、原告と被告間の昭和五二年四月一五日付の消費貸借契約に基づく原告の被告に対する債務は、元本残金七八九円とこれに対する昭和五三年一二月一日以降の年四割の割合による遅延損害金を越える範囲において存在しないことを確認すべきである。

四  よって、原告の請求は、右の限度において理由があるから認容し、その余を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条本文、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 高山健三)

〈以下省略〉

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